二度と投げれない放課後のフォークボール
小学生のとき、放課後校庭に集まってカラーボールで野球をやるのがお決まりだった時期がある。
自分だけが地域の少年野球チームに入ってたのもあって、その中では主力選手的立ち位置に存在してた。と勝手に自負していたけどそうは思われてなかったかもしれない。
それはさておいて、いつものようにわいわいやってたら下校途中の少年野球の先輩が混ぜてくれよ〜ってバッターバックスに有無を言わせずに入ってきた。
その先輩は小4で入団して即レギュラーを務め、今やキャプテンで4番といった、地域ではスター的存在の人だった。運動会でも毎年大活躍。イケメンでモテまくってた。
先輩からしてみれば、後輩の自分をたまたま見かけたから、下校の道すがらバカスカ打ちまくってスカッとして帰るか〜程度の気持ちだったんだと思う。
ピッチャーは自分。背後で守備に就く友達らが戦況を見つめる。カラーボールを握る手に自然と力が入る。
自分だって先輩ほどの偉大なバッターに普段の遊び通り真っ直ぐ投げたって簡単にかっ飛ばされることは分かってる。かと言って変化球の握り方なんて一つも知らない。そこで付け焼き刃的とはいえ、秘策を思い付いた。
それがこのちばあきお先生の漫画プレイボールに出てくる「ナチュラルフォーク」だった。
「ナチュラルフォーク」とは主人公の谷口が怪我で曲がったままの人差し指と親指の間にボールを挟むように握り、すぽっと抜くイメージで投げ込むことで自然とバッターの手元で沈むフォークボールのような軌道になるという、怪我の功名から生まれた決め球のこと。通常のフォークボールの握りとは違って、この投げ方なら誰でもすぐに真似できるんじゃないかと、このシーンを読んでからいつか来るべき大事な対戦のときのために忘れないでいておいた。本当に使うときが来るとは自分でも思わなかったけど。
余裕綽々な顔でバッターボックスに立つ先輩に渾身の、人生初のナチュラルフォークを投げ込む。スローボールに近い軌道を描いて、狙い通り先輩の手元で球が沈む。先輩は豪快に空振った勢いのあまり尻もちをついた。おかしいな、とぽかーんとした表情を浮かべる先輩。おーっという歓声が知らないうちに集まったギャラリーから湧く。
先輩はメンツを保つためにその後何度も対戦を挑んできたけど、全打席呆気なく三振に終わる。
自分も面白いように空振りが取れて、逆に怖くなってきた。先輩の反感を買わないよう、ドヤ顔やガッツポーズには注意して、こっちこそ何でだろう、というような不思議そうな表情を浮かべることに努めた。
先輩は何回も三振に打ち取られてようやく観念したのか、もう帰るわって言い出した。するとランドセルから図工か理科の授業で作ったラジコンを取り出して自分にくれた。やるじゃねえかっていう先輩なりのエールだったんだと思う。
ビニール袋に入ったラジコンを手にぶら下げながら夕方の田舎道を歩いて帰る。少しヒーローになった気分だった。
帰ってからラジコンを取り出して操作してみると全く動かない。そこでやっとゴミを差し出されたことに気付く。意気揚々とした帰り道の気分を返してくれって静かに思った。
あれから14年。つい先日、草野球に参加することがあって、何となくナチュラルフォークのことを思い出して試しに投げ込んでみるも、あっさり外野の頭を越される長打を食らう。何だよあのスローボールよ〜とバカにされる始末。
今ではすっかり棒球になってしまったナチュラルフォークも、あの放課後の時間だけは魔球であったことは確かで、学校のスターを凡人である自分が返り討ちにしたあの瞬間の風景と気温と時間の流れるスピードを、今でもぼんやりと覚えている。
その先輩は今警視庁に勤めて、既に結婚して子どもがいるらしい。最近聞いた風の噂。末長くお幸せに。